本音のコミュニケーション 音の無い世界で本音を感じてみる

  

本音って音って言葉が使われてますよね

そう、声という音を使って伝えられる本音ってありますよね^^

そんな声と言う道具や、音を聞くという感覚が無かった場合、どの様に本音を伝えるのでしょうか???

実は、そんな体験が出来るワークショップが有りまして^^

それが、写真のダイアログインサイレンス(静けさの中の対話)でして。

今月、そのワークショップに参加してきましたので

その経験からの気付きなど含め、本音のコミュニケーション
本音とは何か?みたいなことを、考えてみたいと思います。

音の無い世界でのコミュニケーション

言葉の無い世界、音の無い世界を想像した時

あなたは、どの様に、自分の意志や、思いを相手に伝えますか?

まずは、文章とか文字を書く事ですよね、思いつくのは^^

ただ、それも制限された環境。文字や文章で表現することも、出来ない環境において
どのようにコミュニケーションを図りますか???

聴覚に障害を持たれた方々の世界とコミュニケーション

ダイアログインサイレンスは、聴覚が不自由な方にサポートをしていただきながら、様々なワークを通じて、コミュニケーションを体験していくイベントです。

冒頭の注意事項、ワークの間のルールで、手話を使ってのコミュニケーションや、特殊なヘッドフォンを使うので、基本音は聞こえないのですが、音を出す事も、禁止され

そんな状態でワークが進んでいきます。

そんな説明も、身振り手振りで、説明を受けるのですが

その身振り手振りや、表情の使い方が、オーバーリアクションではないか?

と言うくらい、激しいモノで。

これは、普段の感覚からするとちょっと引いてしまうというか^^;

普段、そんな人に出会ったら、なんかアクションの激しい面白い人だな~って感じで、受け止められる感じがしますが

会社や、職場、学校とか、ある種の公の場で、そんな人に出会ったら、正直、この人大丈夫かな?って感じてしまうだろうな~と言う、自分も感じていて^^;

ただ、今回の特殊な環境と言うか、音の使えない環境においては、こういった表現、伝達方法が大切なんだなという事を、思考的に理解しつつ^^

声や音の使えない世界で感じたこと

これがもう、笑ってしまうくらい、不自由というか^^;

正直、笑ってられないんですね^^;

凄くドキドキするというか、緊張すると言いうか

周りが何を意図しているか?、表現しているか?、求めているかを確認する手段が無いんですね^^;

そう、普段であれば、言葉で簡単に確認できる事

こういう事で良いのかな?とか
こういう意味なのかな?とか

言葉で表現すれば、ものすごく、簡単に済む事が、言葉で表現して、確認できないので、むっちゃ緊張するというか、不安や、心配になるというか^^;

10人くらいのグループで、ワークを行うのですが

自分のアクションや、理解が合っているのか? 
周りの人はどうも理解している感じだけど、俺は理解できているのか?とか

そんな事に意識が向いてしまって

目的や意図が、不明確な時の感情

最初の方のワークはそれが顕著で。

結構焦ってしまうんですね^^;

目的や、意図が、全く分からなくて

早く理解しなければとか、早く対応しなければとか^^;

周りに合わせなければとか^^;

ワークを楽しんだり、集中するよりも、そっちに意識が行ってしまって^^;

正直、悲しくもなってくるんですね

なんか、理解できない悲しさや不安、うまく表現できない悲しさや不安

もう、表現しなくていいや、周りに適当に合わせとけ!的な、自暴自棄的な感覚なんかも湧いてきたりして^^;

ただ、そんな思いとか、感覚を誰かに伝える、表現する、手段や術も時間もなくて(笑)

次第に、俺、なにやってるんだろ? って気持ちにもなってきて^^;

前半は、そんなネガティヴな感情が渦巻いていました^^;

目的や意図が理解できた時の感情

人の順応性の面白さでもありますが、不思議と段々慣れてきたり、理解してくるんですよね、その場の環境に。

まず、リードして下さっている、聴覚が不自由な方は、急かすでもなく、何か感情的な好悪であったり、良い悪いの極端なジャッジをしているという事では無くて

単純に、ワークというか、ある種のゲームですよね^^;

そのルールというか、内容を説明くださっているだけで。

先に感じたネガティヴな感情は、子供の頃、家庭や学校で感じた感覚の追体験でもあって^^;

ついつい、勝手にそんな雰囲気や状況を、実際の状況に重ねては、これまた、勝手に、悲しさや寂しさ、疎外感を感じてしまう、自分を追体験していて^^;

それが、だんだん信頼と安心感ですね^^

それは、自分に対する信頼と安心感であったり、周りに対する信頼と安心感だったり^^

あとは、そういった雰囲気を示し続けてくれている、リーダーの存在と

一緒に行った、友人の存在も大きかったですね^^

なんとなく、何があっても、分かりあえる、理解できると感じる方が、側にいてくれるのは、安心感を取り戻す、大丈夫感覚を取り戻す、良い切っ掛けともなって^^

そんな安心感を取り戻すとともに、だんだん、ワークの意図や、目的も、クリアになってくるというか、これは、もしかすると、意図的に設計されていたのかもしれませんが

前半は、意図や目的が、比較的、不明確、不明瞭なワークになっていて

後半は、意図や目的を、理解しやすい、分かりやすい、そして、目的に同意して、率先して、楽しみながら、協力し合いながら行えるワークになっていて。

そう、ワークに集中できていると、自然と、前半感じていた、不安や、恐れといったモノはどこかに消えてしまい。

逆に、言葉や、音を使えないコミュニケーションや、そこで分かりあう事、理解し合う事の喜びや、楽しみに、集中できている自分が居て^^

本音について考えてみる

今回のワークショップの、一番の気付きが何だったかと言うと

結局のところ、自分の思いの世界を、周りの世界に観ているという事で

そう、卵が先か、鶏が先かという感覚もありますが、間違いなく言えるのは

環境や周りの人の思いに関係なく、自分が思い込んでいる世界をその世界に観ている

という事で

これ、もう一度参加してくると、ある意味わかりやすいと思うのですが

二回目参加した場合、何も問題が無い、その世界に確信を持っているので

間違いなく、最初からリラックスして、安心して、ワークに望めるんですね^^;

参加するメンバーや、リーダーに違いはあれど、恐らくもう、問題が無いというか、大丈夫と確信している自分が居て。

選べるとしたらというか、どっちの気持ちでワークに参加したいというか、これは、もう確信してしまっているので、判断に迷う事は全くないですが^^;

間違いなく、大丈夫と安心した感覚で、ワークに参加する、楽しむ選択をする、自分が容易に想像できて。

本音という感覚の定義

こんな感じで、色々な事、様々な事を感じた、感じられたワークショップだったのですが^^

一連のワークで、様々な感情が動いた中、さて、自分の本音というか、本心は何だったのだろうと、どんな自分が、本当の自分なんだろうって、フト感じて、今回の記事も作っているのですが^^;

これは、まず、一つ言える事は、その瞬間何かを感じている自分の思いや、ありのままの感情、気持ち

これが、その瞬間の本音なのかもしれませんね^^;

もし、ここで、感じている事に対して、異なる事を表現するとなると、本音と本心に乖離ができるというか

本当は怖いという感覚に対して、怖くないと表現する事

これが、本心と、本音の乖離であって。

本心は感覚的に言うと、その瞬間感じている事、心に思っている事と繫がっていて

本音は、その瞬間に行う表現につながっている

良く、本音で話そうよとか、本心で言ってないでしょ?って言われる時は、そんな感じなんでしょうね

そう、心と繫がっていない表現を人は、自然と感じ取れることが出来て。

そして、本音と言うのは、心と表現が一致した状態

こんな感じで、定義づけできるかもしれないですね。

本音と本心、本質を感じて行く、掘り下げて行く

気付きと言うか、確信的に感じる部分。これが、自分の本質なんだなって、今回の経験を通じて、感じました。

そう、それは、2回目に参加する感覚と言うか、大丈夫な自分、問題が無い自分に対する確信とも言えますね^^

そう、これが、自分の本質と言うか、自然な感じなのだと、改めて感じています。

その感覚を十分に感じつつ、それを表現している状態。

そんな時、今を楽しんでいるというか、喜んでいるというか

ワークの中で感じた、分かりあえる、感じ合える、喜び合える感覚の時は

本質と、本心と、本音が一致していると、確信して、集中している状態で

本質と本心の不一致っていうのもあると思いますね

そう、本質と本心が一致していない時に、出てくる感情が、不安な思いだったり、悲しみだったり、恐れや、絶望感だったり

ネガティヴな感情って、そんなシグナルなんだと思います。

そして、そんなシグナルには、本来、良い悪いはないのですが、そこにジャッジをしてしまう、否定をしてしまうと、出てくる本音と、本心の不一致を生んで

更にややこしい世界を創り出す、そんな世界を観る事、目撃する事になって^^;

言葉を使える、ある種の幸福と不幸

言葉を使えるある種の不幸としては

本心を誤魔化して表現しやすいという事ですかね^^;

これ、本来嘘をついたり、誤魔化して表現することって、結構大変な事なんですよね^^;

言葉の使えない世界で、自分を偽って表現する事って、かなりめんどくさいと思うんですよね^^;

ただ反面、言葉は、自分の本音や本心、本質を表現する道具としても、凄く便利なツールで有る事は間違いなくて^^

表現を偽る事に時間を割いているのか

本心を表現することに、時間を割いているのか

本質と、本心と、本音を一致して、表現することに時間をさいているのか?

同じ言葉を使っていたとしても、こんな状態の違いはあって。

本音のコミュニケーション

本心と本音を一致させたコミュニケーション

そして、本質と本心と、本音を一致させたコミュニケーション。

そんな事を、意識する、意図する、感じていくと、観える世界が変わってくる。

不安と心配、混乱している時は、自分の本心と向き合えていない。
自分の本質を見失っている時なのだと思います。

ただ、そんな状態からでも、いつでも、本心を感じて、本質で繫がれる。

そんな事を、体験、確信できた、ありがたい機会でした^^

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