ついつい、環境や人のせいにしてしまう、心理の受け止め方

  

以前、国会議事堂の近くを歩いていますと、デモ行進の方々とすれ違いまして。

「〇〇を許すな~!」
「戦争反対!!!」
とやられておりまして

で、最後に、代表の、議員さんが

「みなさん、戦いはこれからです!」

という、掛け声をされていて。

はて? 「戦争」とその「戦い」の違いは、どこにあるのかな?と感じたのですが^^;

今回のお話は、これに近い感覚がありまして。

案外、自分の中の正義というか、こうありたい、こうしたい、けどできない。

それは、環境のせいだ! 社会のせいだ! 会社のせいだ! 上司のせい、部下のせい、せいせいせい、、、

原因を外に見てしまう事が多いのですが

果たして、それは本当なのか? その原因は正しいのか?

戦争を終わらせるためには、その戦争を終わらすための戦争が必要で、それを終わらせるためには、その戦争を終わらせるための戦争を終わらせるための戦争が必要で

永遠に戦争を続けられるパラドックス^^;

自分のやり方や、在り方を受け入れない、あの人や、あの環境を変えるためには

まずは、あの人や、あの環境を変えて行くしかない!!!って感覚も、在り方や、やり方を認めない、あの人や、あの環境の在り方や環境を認めるわけにはいかない、、、、というパラドックスで^^;

結構、無意識に、このパラドックスに嵌ってしまいがちです^^;

というわけで、原因を外に見てしまう、ついつい、人のせいにしてしまう。環境のせいにしてしまう。

そんな方々の心理を分析しつつ、そんな心理をどう扱ったらよいか、考えて行きましょう。

人や、相手、環境のせいにしてしまう心理

自分に責任がある、自分のせいだって思う、それを受け止めるのが怖いんですね。

以上。みたいな(笑)

いやいや、そんなはずはない、相手が、あいつが、会社が悪いに決まっている!って思った方

安心してください。それもある意味正しいのです。

正しいと思えた中で、少しというか、ゆっくりで良いので、けど、自分も悪かったら、自分に責任があったらどうするか?

というのを、感じてみてください。

どんな感じがしますか???

いやいや、絶対に違う、絶対に相手が悪いんだ!って感じる方。

大丈夫です。そうですよね、相手が悪いんですよね。

けど、それでも、ほんのちょっとでも良いので、感じてみてください。

もし自分が悪かったら。自分悪かったら。

・・・・・・・・

・・・・・・・・

なんか、むっちゃドキドキしませんか?

え、そうなのかな? そうだとしたら・・・・・

なんか、どきどきしますよね?

そう、ドキドキするんです。

このドキドキです。

このドキドキは、何にどきどきしているかと言うと。

自分に責任がある、自分のせいだったらどうしよう!

って感じて、ドキドキしてるんですね。

で、それを認めたくない時、そうでは無い事にしたい時、自分は悪くないって思い込みたい時、どうすれば良いと思います?

良い方法があるのです。そう

相手や、環境のせいにしてしまえば良いのです! 自分は悪くないって事にしてしまえば良いのです!

そうすると、安心しますよね、あ~自分は悪くないんだ、良かったって^^

けど、目の前に、同じように、相手のせいにする人が現れたら、どうなると思います?

お前が悪いんだ! いや、お前が悪いんだ、いや、お前が、お前が、、、、、

そう、戦争が起こるのです(笑)

集団化していく心理

これ、スイマセン、あらかじめ、お断りしておくと、なんか、そんな感じの事を、馬鹿にしたり、煽ったりしているのではなくて、真剣に、そんな心理状態を解説したいと思って、書いております^^;

けれど、殆ど、このメカニズムなんです。

学校のいじめとか、会社の派閥なんかも、こんなメカニズムが多いです。

最初は、個人の対立があって。

で、個人で不安な人が、仲間を探して、仲間を増やして行き、集団化していって。

そして、その集団の考えや思いが、標準化、正しいモノとされていって。少数派、マイノリティとの対立を深めて行くという。

そうすると、更に安心できますよね。

あ~やっぱり自分は、間違ってなかった、大丈夫だった、悪くなかったって。

良い悪いは置いておいて、こんなメカニズムが有る事は、なんとなく、感じられた、意識する事は、できたと思います^^;

自分が悪いと思い込む癖のある方々

「自分に責任がある、自分のせいだって思う、それを受け止めるのが怖い」

って感覚の、ある意味、逆の感覚として

「やっぱり自分に責任があるんだ、自分のせいなんだ」

って思い込む癖がある人も、世の中には、存在していて。

なんとなく、自分が悪くないって思うのが怖いんじゃないか?って感じの人居ませんか?

こんな人が、前者の方、自分は悪くないって思ってる方と出会うとどうなるかと言うと。

なんか、相性的には、相思相愛?ではないですが、パズルのピースみたいに、上手くハマりそうですよね^^

いつも部下の責任にして、怒り続ける上司 

& 

それを真に受けて、いつも謝って、反省ばかりしている部下

見たことありませんか?

その時間に、何か、別の事やったほうが、お互いにとっても、周りにとっても、会社にとっても、有意義なんじゃないかな?って思った事が、過去になんどもあったりなかったり^^;

ちなみに、皆さんは、御自身が、どちらのタイプだと感じますか?

人のせいにしてしまいがちか?

自分のせいにしてしましがちか?

どちらの感じがしますか?

目的と向き合って見る

ついつい、環境や人のせいにしてしまう方。

ちょっと落ち着いて、冷静に感じてみてください。

何故?それをしてしまうのでしょうか?

きっと、何か、目的があるはずですよね。

その一つは、先に述べたことかもしれません。

自分が悪くない事を証明したいことかもしれませんし。

自分は大丈夫だと、安心したいからかもしれません。

よかったら、ここでもう一歩踏み込んでみましょう。

何故?そうしたいのでしょうか? それを証明したいのでしょうか?安心したいのでしょうか?

自分で無くても、相手というか、周りにそういった方が居る方、思いつく方。

その方々は、何故、そういった行動や、態度を示すのでしょうか?

何故一方的に叱り続ける、怒り続ける上司は、そんな行動に出るのでしょうか?それを辞められないのでしょうか、辞めたら何が起こるのか? 自分が悪い。自分も悪いかもという思いを受け入れると、何が起こってしまうのでしょうか?

罪悪感や、タブーから逃げ出したくなる心理。

実は、その思いの先には、その人にとっての、タブー。禁止している事。禁止されていると思っている事。

それはやってはいけない。それをしてしまったら罰せられてしまう。

そんな罪悪感の原型が潜んでいます。

それをやってしまったらお終いだ。それを認めてしまったらお終いだといった、その人の罪悪感。罪の意識。

怖がっている事、恐れている事が、隠されています。

これも、良い悪いではなのですが、それを隠すために、見つけられないために、人は結構、必死になってしまいます。

そう、ついつい、ひとのせいにしてしまう事。自分は悪くないと思いこみたい気持ちや思い、行動の先には。

凄く怖がっている事が隠されているのです。

直ぐ人のせいにする、責任をなすりつける上司の心理

人のせい、相手のせいにしてしまいがちな、上司を例に考えてみましょう。

殆どのケースでこういった方は、こころの奥底、深いところで

「本当は自分はいけてない。自分はどうしようもない。本当はダメなやつ。無能な人間である」

と感じています。

で、怖い事として、何が、怖いかというと、

その事が、公になってしまう事。自分の無能さが、明るみに出てしまう事をとても恐れています。

自分は、無能かも? イケてないかも? って思っていて、その思いと向き合うのが怖い時。受け入れるのが怖い時、どうすれば良いか?

もう解説しましたね。

そう、人のせいにしてしまえば良いのです。相手の責任にしてしまえば良いのです。

そう、目の前に、自分よりもわかりやすい、いけてない相手、無能な相手を見つけて、その人に、責任をなすりつける。無能でイケてないのが、この人です。私は悪くないです。私は無能では無いです。

とやってしまえば良いのです。

そう、これでもう一安心。

大丈夫です、ここまで大げさに見せれば、ここまで無能な相手をでっち上げれば、誰もあなたのことを無能であるなどと、思う訳が有りません。きっと周りには、問題点や、相手の悪い所、いけてない部分を、賢く見抜く、とても、イケている人間、優秀な人間に見えているに違いありません!

さて、それは、本当ですか? というお話なのですが^^

罪悪感との向き合い方

罪悪感、恐れていること、怖がっている事、タブー、秘密、etc、etc

ここで、お伝えしたいこととしては、果たして、それは本当なのでしょうか?

先の上司の例で、無能であることが、ばれるのが、怖い上司が居て。

それがばれたら、その人の人生に何が起こってしまうのでしょうか?人生が破綻してしまうのでしょうか?

自分と世界を責めるのか、自分と世界を許すのか?

シンプルであり、極端でもある例として。

道路に空き缶が落ちていて、どうするかというお話で。

「道路に空き缶を捨てるのは、最悪の罪だ、とても許される事では無い」

と言う罪悪感を抱えて世界をみると。

道路に空き缶が落ちているのを、自分のせいにされたらどうしよう?それで怒られたら、罰せられたらどうしよう?って思うかもしれませんし。

それは、許せない事だ、犯人を必ず見つけなければ!って思いになるかもしれません。

会社で例えると
「業績があがらないのは罪だ、売り上げを達成できないのは罪だ」といった感覚かもしれません。

二つの世界と、二つの可能性

ここで二つの世界が有って

① 空き缶が落ちている事が、許されている世界。
 (売り上げが達成されない事が許されている世界)

② 空き缶が落ちているのが、許されない世界。
 (売り上げが達成されない事が許されていない世界)

そして、二つの可能性があります。

A 空き缶が道路に落ちていない可能性
 (売り上げが達成できる可能性)

B 道路に空き缶が沢山落ちている可能性
 (売り上げが達成されない可能性)

これ、みなさんも、感じてみてください。

○○が許されている世界と、○○が許されていない世界があって

●●が実現する可能性と、●●が、実現されない可能性。

○○と、●●に、各自、気になる事を入れてみてください。

組みあわせで言うと4通りですね

1.○○が許されている世界で、●●が実現する可能性

2.○○が許されている世界で、●●が、実現されない可能性

3.○○が許されていない世界で、●●が実現する可能性

4.○○が許されていない世界で、●●が、実現されない可能性

リラックスして、それを感じてみたときの、感覚の違いを、味わってみてください。

許されている世界から、可能性を見たとき

空き缶を落ちていることが許されている世界で、空き缶が落ちていない可能性を感じたとき。

そして、空き缶が落ちていないほうが、なんか、気持ちが良い、安心すると感じた場合。

空き缶が落ちているのを目にしたとき、行う行動はきっと、自分で空き缶を拾って捨てる事ができますよね。

恐らくそうしたいと思うか、思う前に、自然にそうする感じですかね?

また、空き缶が沢山落ちている可能性を感じたとき。それでも良いやって思えば、そのままかもしれませんし。
それだと、なんか、もやもやする、気持ちが良くないと感じれば、これも同じく、空き缶を拾ってすてるかもしれません。

そう、許されている世界においては、行動がなんとなく、自由な感じがしますよね。

許されていない世界、責められる世界から、可能性を見たとき

許されていない世界で、空き缶が落ちてるのを見たら。

恐らく、まず、恐怖であったり、怖さであったり、怒りであったり。

感情が大きく動き出しますよね。

で、空き缶が落ちていない可能性を考えると、まずは自分で拾わねばって感じて、拾うかもしれませんし、犯人捜しや、看板や、監視カメラを使って、徹底的な管理とかしちゃうかもしれませんね^^

で、空き缶が沢山落ちている可能性を想像したら…^^;

ちょっとしたパニックかもしれませんね^^;

そんな世界を考えたら、怖くて、色々、やっちゃうかもしれませんね^^;

そう、こんな感じで、罪悪感を抱えている時と、抱えていない時では、行動や、感情に、大きな違いが表れてくる、可能性があります。

それは本当か感じてみる。

ここが、結構ポイントですが。

それが本当に許されないのか、罰せられることなのか?

この感覚を見直すという事が出来るという認識や、主体的に行うという習慣が少ない人も結構いるのかもしれません。

何を書いても許されてる世界

これ、書くか一瞬迷いましたが、閃いてしまったのと、何を書いても許される世界を信頼している、信頼したいので、書きますが(笑)

ウンコとお金で例えると、分かりやすいかもしれませんね^^;

家の前にウンコが落ちていた場合と、お金が落ちていた場合、殆どの人は、リアクション違いますよねきっと^^;

そう、ウンコが落ちてたら、きっと、みなさん、許せないですよね^^;
朝起きて、家の玄関の前が、山盛りのウンコ。

これ、かなりの恐怖ですよね><

むっちゃ感情動きますよね^^;

え~誰がやったのって?

お金は、結構許せますよね^^; 逆にラッキーってかんじで^^;

一億円とか落ちてたら、さすがにビックリするかもしれませんが、怒りとか、絶望とか、悲しみとかは湧いてきませんよねきっと。

これはやっぱり ウンコを人の家の前に放置する事=いけないこと、罪な事

って認識があるからですよね。

「嫌だわ○○さん、家の前でウンコなんかして」って思われるのも、なんか嫌ですよね^^;

もう必死で弁解したいですよね、僕じゃないです、僕はやってないですって^^;

罪悪感を強化、その世界に投資をするのか、許される世界を強化、その世界に投資するのか?

すこし、話がそれましたが^^;

要は?こういった感覚です^^;

そう、ブログとか、公の目に留まるところで、変な事?書いちゃいけないよな~とか、まじめなことを書かないとって思っていると、それが、許されない世界に生きていると、たぶん、ウンコの例えが、書けないかもしれませんし。

くだらない、表現をしている、ブログや、記事を見つけたら、きっと、怒りが湧いてくるかもしれません(笑)

反面許せている世界にいると

書きたい時は、書きますし、書きたく無い時は書かない。

なにも、ウンコって言葉を義務感もって、書かねば!って感じで書いてないですからね^^

そう、罪悪感とは、こんな向き合い方もできて。

その罪悪感を認識したとき、実感した時

それを維持したいのか? 手放したいのか?選択する事ができるんですね。

罪とか罰を強化する世界、そんな世界に投資をすることもできますし

それを許す、許されてる世界を強化する、投資する事もできて

その為には、まずは、何に罪を感じているか?罪悪感を感じているか?何を恐れているか?

を明確にする必要があります。

そして、一度、立ち止まって、もう一度、感じてみる事、考えてみる事もできます。

「それは本当ですか?」

という事を。

これを自覚できていないと、見直す習慣、可能性を知らないと、自動操縦的に、反応的に、恐れの世界、罪悪感の世界に投資をしている、強化をしているという事が、起ります。

これが ついつい人や環境のせいにしてしまう 原因とメカニズムです。

ついつい、環境や人のせいにしてしまう心理の受け止め方 まとめ

まとめとしまして。

ついつい、習慣的になってる、その癖の裏には

罪悪感と恐れの思いが隠れているのです。

そして、それを自覚しないと、無意識に、自動操縦的に

その世界の強化と投資をしてしまっているのです。

もしそんな習慣に自覚があって、それを抜けたいと感じているのであれば。

自分は何を怖がっているのかな?恐れているのかな?という事を、一度ゆっくり感じてみてください。

そして、それは、本当ですか?という事も、じっくり感じてみてください。

そこからですね。まずは。

そして、本当は、どう在りたいのか? 何を感じたいのか?

そう、こんな感じで、色々な事を、ゆっくり感じる事を、まずは、行ってみてください。

 

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